[Interview] 守屋 実(FC町田ゼルビア)Page02
Q:91年に東京都リーグに加盟し、98年に1部に昇格しました。当時2部、3部リーグを戦っている時はどんなチームでしたか?
「当初は町田市社会人の選抜チームのような形で戦っていましたが、途中からはうちのFC町田ユース出身者で固めました。当時の東京都リーグは企業チームばかりで、私たちのようなクラブチームは少なく、2部では多少足踏みしましたが、チームの技術は高いし、割とすんなりと1部まで上がれました。
ただ、サッカー協会がチームを作り、私も協会の理事長として表面上のサポートはしていましたが、現実は選手任せでした。具体的なサポートはあまりしてやれず、1部に上がれたのは本当に選手の力です」
Q:02年には理事長の守屋さん自身が監督に就任されましたが、どういった経緯で就任されたのですか?
「01年に1部から2部に降格しかけたんです。それまで選手任せで選手の好きなようにやらしていたので、選手の体力が徐々に落ちてくると当然チームもジリ貧になります。降格を覚悟していましたが、たまたま最終戦で降格を争っていたチームが引き分けたことによって勝ち点1差で残留ができました。
ただ、残留は出来たものの来年は間違いなく降格するぞということで、本当にやるのかやらないのかということを協会で何度も話し合いました。監督も今まで何人かお願いしたことはありましたが、選手主導でやっているチームなので途中でやめてしまい、その時はやる人もいなかったんです。なかなかいい案が浮かばず、そうかといってチームを潰すわけにもいかず、最終的には私が協会で理事長はしていましたが、どこかのチームを見ているというのがなかったので引き受けました」
Q:小学校の教員をされている守屋さんが監督に就任された時、社会人の選手たちにどんなことを伝えましたか?
「まず、目標、理念をしっかり持つこと。いかに自分たちのチームを愛し、目標の為に全力を出せるか。そして、やるからには全国を目指そうと言いました。そしてもうひとつ、小さなことを大切にしようと言いました。時間を守るとかそういったことは小学校の教室でも、社会人のグラウンドでも同じです。
ただ、実際に私が引き受けた時はひどい状態でした。02年は日本でWカップが開催されていて、Wカップの試合がある時はほとんど練習に人は集まりませんでした。練習に行ってもコーチと私の二人の時もありました。今、トップチームのコーチをしている丸山がその時は中心でやっていましたが、彼は絶対にさぼらないので、彼と2人とか3人とかで、選手が来るのを待っていることがよくありましたね。ただ、その年は降格の危機は脱して7位の成績でした」
Q:04年それまで1部リーグで中位だったチームが3位に躍進し、翌年にはリーグ優勝しました。チームが一気に躍進したきっかけを教えてください。
「ゼルビアというチームは町田サッカー協会が作り、チームを強化していました。私も協会の理事長をしながらゼルビアの監督をしていました。ただ、町田サッカー協会自体は自分たちがサッカーをしたくて集まっている組織です。そういった組織が今後プロを目指しているチームの受け皿として応援していくのは難しく、限界があると感じました。それはやっぱり、皆さんから集めた協会のお金の一部をゼルビアに回さなくてはいけないわけだから。資金を流したり指導者を雇用したりするということは任意団体であり、且つ目的が違う協会では出来ません。
そこで03年に組織的な受け皿としてNPO法人を作り、そこにトップチームだけを移管し強化しようと『NPO法人 アスレチッククラブ町田』を設立しました。それがチームが変わった大きなきっかけです。そして04年、竹中というプロでやっていた人間にプロのノウハウをしっかりとチームに植え付けてもらう為に、初めてNPO法人の職員として採用しました」
Q:竹中さんがチームに加入したきっかけは?
「町田では町田出身のプロ選手を集めて試合をするサッカーフェスティバルというのをずっとやっています。彼も町田出身で海外でプロとしてやり、日本に戻ってきてからは横浜FCでやっていてたので、フェスティバルにはずっと呼んでいました。だから彼の人柄や経歴はその時から知っていました。私も彼と話しをする時は一人の教員として接するので、この人間は苦境に強いし、そして熱いというのがわかっていました。そして今のうちのチームにピッタリということで、彼が横浜FCを解雇された情報を聞いた時に真っ先に声をかけました。
ただ、練習場はデコボコだし、狭いし、暗い。選手のレベルも上を目指すには貧弱。そういった状況を見て彼もなかなか首を縦には振ってくれませんでした。それでも、『とにかくお前しかいないから』と頼んで、ようやく彼も決断してくれました。彼は決してエリートではないし、苦労した人間。元Jリーガーという変なプライドもありませんでしたし、それからは目的のために全力で取り組んでくれました」

[プロフィール]
守屋 実(モリヤ ミノル)
73年 大学卒業後相模原市役所に勤務し、サッカー少年団「小山FC」設立。指導者となる。
その後、小山FCの中学部、町田市内の中学生選抜チームを設立し、85年にはFC町田ジュニアユースを正式発足させ代表兼監督就任。このチームからJリーガー10数名が育つ。
93年 町田サッカー協会理事長に就任
02年 FC町田ゼルビア代表兼監督就任
03年 NPO法人アスレチック町田理事長就任
04年 町田サッカー協会専務理事就任
現在は町田サッカー協会顧問
現在は町田市立小山田小学校の教諭を務めつつ、町田にプロサッカーチームを中心にした地域総合型のスポーツクラブを作る活動を続けている。
[クラブプロフィール]
FC町田ゼルビア
所属:日本フットボールリーグ(JFL)
URL:http://zelvia.jp/
チームは1989年に設立し、東京都リーグ、関東リーグを経て、2008年に日本フットボールリーグ(JFL)へ昇格。
2009年2月にはJリーグ準加盟申請が承認され、今季JFLで4位以上などJリーグ入会条件を満たせば、2010年からのJリーグ入りが実現する。
